冷たくなったおばあちゃんが帰ってきた日

※これは遺影に使った 亡くなる1か月前の写真です(享年77歳)
おいらの大好きだったおばあちゃん!
おいらが朝起きたら
おばあちゃんが廊下でねんねしてて
かあちゃんが電話してた・・・
そのあと変な洋服着て
ヘルメット被った知らないおじさんが5人も来て
おいらのおばあちゃんを連れて行っちゃった
かあちゃんも一緒に・・・
おいらは怖くて 怖くて
ずっと鳴いてたんだ
夜になってかあちゃんは帰ってきたのに
おばあちゃんはいない・・・
それから
毎日 毎日
ただいま~っておばあちゃんが
帰って来る日を玄関で待ってたんだ
たくさん待ったある日
あっ おばあちゃんが帰ってきた!
お帰りぃー!!待ってたよー!
“アッ君 ただいまっ!”は?
おばあちゃん ねんねしてるの?

おばあちゃ~~ん!起きて~~!
お顔が冷たいよ!なんで?
おいらが舐めてあっためてあげる!
どうしたの・・・?おばあちゃん
“もうやめて~~”って言わないの?
眠たいの?
かあちゃんが おばあちゃんはねんねしてるから
起こしちゃダメって言ったよ
じゃ起きたら遊ぼうね!おばあちゃん!
おいらずっとそばにいるからね!
もうどこへも行かないでよ!
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アールは布団で過ごすことが多くなった母に
いつも寄り添って添い寝をしていました
この日も 物言わぬ母に寄り添うアールの姿は
焼香にきてくださった方の涙を誘いました
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昨年の今日
ワンズのあれこれを済ませ
家事もサクッと済ませた私は
10日前に救急車で
緩和ケア病棟に入院した母のもとへ
急いで車を走らせました
病院の駐車場に車を停め
荷物を肩にかけた その時
携帯電話が鳴りました
見たことがない番号
でも局番から
その電話がどこからか
すぐにわかりました
“お母様の脈が弱くなっています
今どこにいらっしゃいますか?”
“駐車場です すぐに病室へ行きます!”
必死で走りながらも
信じられない程冷静だった自分を覚えています
母は 駐車場から病室までのたった7分を待てず
優しい看護師さんに看取られ
旅立ってしまいました
膀胱がんが発覚し 2年10か月
抗がん剤がつらく
もう止めたい・・・
その時が来る日まで
美味しいものをたくさん食べ
楽しく暮らしたいと言い
自分から緩和ケアを希望した母
(※緩和ケアとは この先がんの治療はしないことを意味します)
生前に 葬儀や棺の種類に至るまで
何から何まで決めていた母
最期までアッパレな生き様を見せてくれた母
早いものでもう1年が過ぎたのですね・・・
最近になり とっても淋しいんです

ジェイリーはおばあちゃんに懐きませんでした
理由は 恐らくジェイリーを迎える
4か月前に亡くなった
ダイちゃんというシーズーを
母は溺愛していて
その悲しみが癒えないうちに
ジェイリーが来たんだと思います
そのせいでジェイリーは
まだ母の心に潜むダイへの思いを
感じとったのかもしれません
ジェイリーとおばあちゃんの写真は
これ1枚っきり・・・
【めざましテレビ“きょうのわんこ”の撮影の話】
4月23日朝に入院した母にはたったひとつ心残りがありました
それは翌日24日は ジェイリーの めざましTV“きょうのわんこ”の撮影日だったからです
おばあちゃんに洗濯物を運ぶのが日課になっていた様子を撮影に来てくれるはずでした
22日夜まで練習を重ね「ジェイ君バッチリだね!」と撮影当日を楽しみにしていました
救急車の中 押し出すような声で「撮影できないからTV局に電話で断ってね」・・・と
担当者の方から 落ち着いたらまた行きますので連絡ください!と言われました
洗濯物は誰にでも運びますが おばあちゃんがいない今 まだその気になれていません
追記:ここは犬ブログの為JRとの絡みを記事にしました
個人的に記録したかった内容はコチラにUpしました
明日は 亡くなる1か月前に
みんなで行った
有馬温泉旅行を振り返ります
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